高松地方裁判所 昭和42年(行ウ)10号 判決 1969年2月27日
原告 小西清
被告 高松税務署長
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は、原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一、原告
1 被告が原告の昭和四〇年度分所得税につき昭和四一年一一月八日付でした更正決定のうち課税総所得金額七四万九、四〇〇円をこえる部分および過少申告加算税の賦課決定を取り消す。
2 訴訟費用は、被告の負担とする。
二、被告
主文同旨。
第二当事者の主張
一、原告の請求原因
1 原告は、昭和四一年三月一五日、原告の昭和四〇年度分所得税について、別紙一(1)欄記載のとおり確定申告をしたところ、被告は、同年一一月八日付で、別紙一(2)欄記載のとおり更正決定をした。
そこで、原告は、被告に対し、同年一二月八日、異議の申立てをしたが、昭和四二年二月二四日、これを棄却されたので、同年三月二四日、高松国税局長に対し、審査請求をしたが、同年八月一六日、これを棄却され、同月二二日、その旨の通知を受けた。
2 しかしながら、原告の昭和四〇年度の課税総所得金額は、申告額のとおり七四万九、四〇〇円であるから、前記更正決定中右金額をこえる部分および過少申告加算税の賦課決定は、違法である。よつて、原告は、被告に対し、右違法処分の取り消しを求める。
二、被告
1 答弁
請求原因1の事実は、全部認める。
2 主張
本件更正決定中課税総所得金額七四万九、四〇〇円をこえる部分および過少申告加算税の賦課決定は、次の理由により適法である。
(一) 原告の昭和四〇年度分の課税所得としては、申告にかかる営業所得六、六九〇円、不動産所得五三万四、〇〇〇円、給与所得五七万五、七五〇円のほか、次に述べる譲渡所得一〇五万一、七〇五円があるので、同年度の総所得金額は、二一六万八、一四五円となる。これから社会保険料控除三万五、九五六円、生命保険料控除三万一、〇二三円、扶養控除一七万二、五〇〇円、基礎控除一二万七、五〇〇円を控除すると、課税総所得金額は、一八〇万一、一〇〇円(本件更正決定の課税総所得金額を上廻る金額)となる。
(二) 譲渡所得一〇五万一、七〇五円の発生原因および計算は、次のとおりである。
(1) 原告は、昭和四〇年三月二四日、原告所有の高松市藤塚町字森本八三番地の三宅地一五・四三坪(五一平方メートル)、同所八三番地の四宅地二〇・二二坪(六六・八四平方メートル)および右地上建物木造瓦葺二階建二四・九坪(八二・三一平方メートル)(以下、高松市藤塚町の土地建物ということがある。)を代金三八〇万円で李虎雄に売却した。
(2) 右不動産売却による譲渡所得は、別紙二記載のとおり一〇五万一、七〇五円である。
(三) しかるに、原告は、右譲渡所得なしとして確定申告をした。そこで、被告は、原告の昭和四〇年度分所得税につき、右譲渡所得があることを理由に、課税総所得金額を一六六万七、八〇〇円(上記のとおり、誤つている。)とする更正決定および過少申告加算税一万二、五五〇円(右課税総所得金額一六六万七、八〇〇円を基礎として算出される税額三六万三、三四〇円から原告の同年度分の源泉徴収税額一万九、二〇〇円を控除した差引納税額三四万四、一四〇円と原告の確定申告にかかる納税額九万二、八〇〇円との差額二五万一、〇〇〇円(一、〇〇〇円未満切捨)に過少申告加算税率一〇〇分の五を乗じた金額)の賦課決定をしたものである。
三、原告
1 答弁
被告主張(一)の事実中、原告の昭和四〇年度の課税所得として、被告主張のとおりの営業所得、不動産所得、給与所得、譲渡所得があること、同年度の社会保険料控除額、生命保険料控除額、扶養控除額および基礎控除額が被告主張のとおりであること、および被告主張(二)(三)の事実を認める。
2 主張
原告は、次に述べるように、事業用資産の買換えをしたものであるから、前記譲渡所得については、租税特別措置法(昭和四一年法律第三五号による改正前のもの。以下、単に「租税特別措置法」という。)第三八条の六の課税の特例の規定の適用があり、右譲渡所得はなかつたことになる。
すなわち、
(一) 原告は、昭和三九年九月五日、高松市亀井町八番地の四宅地三九・七八坪(一三一・五〇平方メートル)(以下、高松市亀井町の土地ということがある。)を一、〇四七万二、三五五円で取得し、昭和四〇年一月一〇日、右地上に木造亜鉛メツキ銅板葺平家建事務所一四・七一坪(四八・六四平方メートル)を五二万八、〇〇〇円で新築し、そのころ、右建物を相当な賃料である月額二万円で有限会社小西木工に賃貸し、もつて不動産の貸付けをしていたところ、従来原告の旅館営業の用に供していた前記高松市藤塚町の土地建物を被告主張のとおり昭和四〇年三月二四日に代金三八〇万円で売却したものである。
(二) したがつて、租税特別措置法第三八条の六第二項により、原告は、事業用資産の買換えを行つたものとみなされることになるが、高松市藤塚町の土地建物の譲渡による収入金額は三八〇万円であり同市亀井町の土地および地上建物の取得価額一、一〇〇万〇、三五五円(土地取得価額一、〇四七万二、三五五円と建物建築費五二万八、〇〇〇円の合計額)以下であるから、右藤塚町の土地建物の譲渡は、同条第一項により、なかつたものとされるわけである。
四、被告の反論
1 原告主張(一)の事実は、原告がその主張のころその主張の建物を相当賃料月額二万円で有限会社小西木工に賃貸したとの点を除いて、すべて認める。原告は、その主張の建物のみならず、右建物の敷地である高松市亀井町八番地の四の土地全部を賃料月額二万円で有限会社小西木工に賃貸したものである。
2 租税特別措置法第三八条の六の規定の適用により、事業用資産の買換えとして課税の特例が認められるためには、譲渡資産が事業の用に供されているだけではなく、買換資産もまた事業の用に供されることが必要である。ところで、租税特別措置法施行令第二五条の六第一項によれば、右の「事業」のうちには、事業に準ずるものとして、事業と称するにいたらない不動産の貸付けで相当の対価を得て継続的に行なうものも含まれる。しかしながら、原告主張の賃料は、次に述べるとおり、到底右法条にいう相当な対価とみることができないから、右資産の買換えについて、租税特別措置法第三八条の六の特別措置を認めることはできない。
すなわち、賃貸の目的で不動産を購入し、これを賃貸する場合、その賃料は、投下資本に対する利益の割合(いわゆる利回り)を、銀行預金利率を右投下資本額に乗じて算出した金額程度としてこれを定め、また投下資本の全部または一部が借入金である場合には、借入金の利息を支払つてもなお利益を得るべく賃料額を決めるのが通常である。しかるに、前記賃貸不動産の取得価額一、一〇〇万〇、三五五円を銀行の定期預金(年利五分五厘)として預入れた場合、一年分の預金利子は、六〇万五、〇一九円となるが、原告の賃料収入は、年額二四万円からなお必要な経費を差し引かなければならないから、右預金利子をはるかに下廻ることとなり、したがつて年間二四万円の賃料は、相当の対価とはいえない。また、右不動産の取得資金一、一〇〇万〇、三五五円中七二〇万〇、三五五円は、他からの借入金であるが、この借入金に対する利息の年間見積額は、利率も日歩二銭七厘とみて、七〇万九、五九四円であるから、この点からしても、年間二四万円の賃料は、相当の対価とはいえない。
五、原告の認否および反論
1 賃貸不動産の取得価額中七二〇万〇、三五五円が被告主張のとおり他からの借入金であることおよび右借入金の利率が日歩二銭七厘であることは、認める。
2 被告は、不動産の貸付けの場合の「相当の対価」の判定につき、貸主としての投資採算性の観点を重視するが、租税特別措置法施行令第二五条の六第一項にいう「相当の対価」とは、新規賃貸の場合その他のいわゆる正常賃料を意味するものというべきであるから、右「相当の対価」の判定にあたつては、利回り採算方式のみによるのは相当ではなく、また借入金の利息を考慮にいれるべきではない。
第三証拠<省略>
理由
一、請求原因1の事実は、当事者間に争いがない。
二、原告の昭和四〇年度分所得税の課税総所得金額につき、被告は、これを一八〇万一、一〇〇円であると主張し、原告は、申告額どおりであると争うので、この点について検討する。
1 原告の昭和四〇年度分所得税の課税所得として、営業所得六、六九〇円、不動産所得五三万四、〇〇〇円、給与所得五七万五、七五〇円、譲渡所得(原告が昭和四〇年三月二四日高松市藤塚町の土地建物を李虎雄に売却したことによるもの)一〇五万一、七〇五円があること、および同年度の所得控除として、社会保険料控除三万五、九五六円、生命保険料控除三万一、〇二三円、扶養控除一七万二、五〇〇円、基礎控除一二万七、五〇〇円があることは、当事者間に争いがない。
2 原告は、事業用資産の買換えをしたものであるから、右譲渡所得については、租税特別措置法第三八条の六の課税の特例の規定の適用があり、右譲渡所得は結局なかつたことになると主張するので、右主張の当否について検討する。
(一) 原告が昭和三九年九月五日に高松市亀井町の土地を一、〇四七万二、三五五円で取得し、昭和四〇年一月一〇日右地上に木造亜鉛メツキ鋼板葺平家事務所一四・七一坪(四八・六四平方メートル)を五二万八、〇〇〇円で新築したこと、次いで、原告が昭和四〇年三月二四日従来旅館営業の用に供していた高松市藤塚町の土地建物を代金三八〇万円で李虎雄に売却したことは、いずれも当事者間に争いがない。
(二) ところで、原告は、その主張のころその主張の建物を賃料月額二万円で有限会社小西木工に賃貸したと主張するに対し、被告は、これを否認し、原告は右建物のみならず、その敷地である高松市亀井町八番地の四の土地全部を賃料月額二万円で有限会社小西木工に賃貸したと争うので、まずこの点について判断する。
原告本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第四号証中の添附図面、成立に争いのない乙第一、二号証、証人安西光男の証言および原告本人尋問の結果を総合すれば、原告は、自己が取締役をしている有限会社小西木工の事務所および工場を高松市の中心部に近い中野町から同市の町はずれである香西南町に移転したため、市内の中心部に右会社の連絡事務所を設置する必要が生じ、この連絡事務所として使わせる目的で前記のとおり高松市亀井町八番地の四の土地(一三一・五〇平方メートル)を取得し、右地上に木造亜鉛メツキ鋼板葺の平家建事務所(床面積四八・六四平方メートル)を建築したものであること、右土地は、東西に通ずる道路沿いの南側に位置しているが、右建物は、その土地の奥南側境界線に寄せて建てられており、表通りに面した土地の空いた部分は、コンクリートで舗装され、右連絡事務所に出入りする自動車の駐車場として利用されていることが認められ、これらの事実に原告本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第一号証を合わせ考えると、原告は、その主張のころ、右建物を賃料月額二万円で有限会社小西木工に賃貸するとともに、その敷地である前記亀井町八番地の四、一三一・五〇平方メートル全部を有限会社小西木工が利用できるものとして、借家契約をしたものと認めるのが相当である。原告本人尋問の結果中右認定に抵触する部分は、たやすく採用できず、成立に争いのない甲第二、第三号証も、原告本人尋問の結果によれば、右借家契約の事情をよく知らない者が作成したものであることが認められるから、右認定を妨げるに足りない。他に右認定をくつがえすに足りる証拠はない。
(三) ところで、原告が昭和四〇年三月二四日に売却した高松市藤塚町の土地建物が事業の用に供されていたものであることは既に認定したとおりであるが、租税特別措置法第三八条の六の規定の適用により、事業用資産の買換えとして課税の特例が認められるためには、譲渡資産が事業の用に供されているだけではなく、買換資産もまた事業の用に供されることが必要である。ところで、租税特別措置法施行令第二五条の六第一項によれば、右の「事業」のうちには、事業に準ずるものとして、事業と称するにいたらない不動産の貸付けで相当の対価を得て継続的に行なうものも含まれるとされているから、原告の前示有限会社小西木工に対する不動産貸付け行為が右の事業に準ずるものの範囲に属するといえるか否かについて、以下検討を加える。
原告は、前示のとおり自己が取締役をしている有限会社小西木工の連絡事務所に使わせる目的で前記事務所を建築し、これを賃料月額二万円で右会社に賃貸しているから、この不動産貸付け行為は、対価を得て継続的に行なわれているものということができる。しかしながら、右不動産貸付け行為は、次に述べるとおり、相当の対価を得て行なわれているものと認めることができない。
すなわち、不動産貸付けの場合の「相当の対価」については、貸付けをした資産の減価償却費、固定資産税その他の必要経費を回収した後において、なお相当の利益が生ずるような対価を得ているかどうかによつて判定するのが相当であると解されるところ、原告の賃貸不動産の取得価額は前示のとおり一、一〇〇万〇、三五五円であるが、右資金のうち七二〇万〇、三五五円は、原告が他から日歩二銭七厘で借入れたものであることは、原告の認めるところであるのみならず一、一〇〇万〇、三五五円を銀行の定期預金(年利五分五厘)として預入れても、その一年分の預金利子は、六〇万五、〇一九円となるが、原告主張の月額二万円、年間二四万円の賃料収入は、これから必要経費を控除しなければならないから、右預金利子をはるかに下廻ることとなり、かかる点からいつて、年間二四万円の賃料は、到底相当の対価とみることができない。もつとも、原告本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第四号証(鑑定評価書)中には、いわゆる積算式評価法により算出した賃料が年間三〇万円であるとの記載があるが、右評価は、当裁判所の前示認定とは異なり、借家人である有限会社小西木工の敷地利用権が敷地の一部にしか及ばないことを前提とするものであるから、右評価をもつて、年間二四万円の前記賃料が相当の対価であるとすることはできない。そのほか、右甲第四号証中には、近隣の二件の事例(日本金銭登録機株式会社とはまやの事例)を基準にして、いわゆる賃料事例比較法により算定した比準賃料が月額二万一、二〇〇円であるとの記載があり、原告本人も、右二件の事例を参考にして有限会社小西木工に対する賃料を月額二万円と定めた旨供述する。なるほど新規賃貸の場合の家賃の適正額については、積算式評価法による積算賃料と賃料事例比較法による比準賃料の二つを関連させて適正家賃額を算定するのが相当であるとしても、租税特別措置法第三八条の六の規定による課税の特例制度は、元来設備の更新による企業の合理化、工場移転による産業立地条件の改善等に資することを目的として設けられているのであるから、「相当の対価」を得ているかどうかを判定するにあたつても、投資採算性の観点を重視すべきであつて、不動産貸付けの場合の「相当の対価」についていえば、積算式評価法(利回り採算方式と同じ。)による積算賃料を基準とすべきものと解されるのみならず、前記甲第四号証の比準賃料の評価が、比較事例につき、賃料額の算定に影響を及ぼす敷地利用権の範囲、敷金や権利金の授受の有無等の賃貸条件をどの程度比較検討したうえでなされたものか明らかではないから、右甲第四号証の前記記載および原告本人尋問の結果は、採用できない。その他、本件を通じ、原告主張の賃料額が相当の対価であることを認めさせるに足りる証拠はない。
(四) 以上のとおりであるから、原告の昭和四〇年度の譲渡所得について、租税特別措置法第三八条の六の課税の特例の規定の適用を認めることはできない。
3 そうすると、原告の昭和四〇年度分所得税の総所得金額は、営業所得六、六九〇円、不動産所得五三万四、〇〇〇円、給与所得五七万五、七五〇円、譲渡所得一〇五万一、七〇五円を合計した二一六万八、一四五円となり、課税総所得金額は、右総所得金額から社会保険料控除三万五、九五六円、生命保険料控除三万一、〇二三円、扶養控除一七万二、五〇〇円および基礎控除一二万七、五〇〇円を控除した一八〇万一、一〇〇円(国税通則法第九〇条第一項により、一〇〇円未満切捨)となる。ところで、本件更正決定の課税総所得金額一六六万七、八〇〇円は、右金額の範囲内であるから、結局相当である。
三、次に、過少申告加算税の点について検討する。
原告の昭和四〇年度分の課税所得として譲渡所得があることは前示のとおりであるところ、原告が右譲渡所得なしとして申告し、課税総所得金額を一六六万七、八〇〇円とする更正決定を受けたものであること、原告の同年度分の源泉徴収税額が一万九、二〇〇円であることは、当事者間に争いがない。
そうすると、原告は、右課税総所得金額一六六万七、八〇〇円を基礎として算出される税額三六万三、三四〇円から源泉徴収税額一万九、二〇〇円を控除した差引納税額三四万四、一四〇円と原告の確定申告の差引納税額九万二、八〇〇円との差額二五万一、〇〇〇円(国税通則法第九〇条第三項により、一、〇〇〇円未満切捨)に過少申告加算税率一〇〇分の五を乗じた金額一万二、五五〇円の納税義務がある。したがつて、過少申告加算税一万二、五五〇円の賦課決定は、適法である。
四、以上認定判断したとおりであつて、本件更正決定には、なんらの違法もない。よつて、原告の本訴請求は、すべて理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 村上明雄 渡辺貢 政清光博)
(別紙一、二省略)